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WANTED! 無償区役所広報デザイナー

デザインの力で、行政を変える!!〜天王寺区広報デザイナーを募集します〜(結局3月1日に中止発表)

この問題がSNSやブログで話題になっているなか、「だましたつもりでだまされた」というブログでもこの件をついて書いておられたのを読みました。私も気になっていたのですが、デザイナーの一員として感想を書いておきたいと思います。


1年間無償でいいデザインを!
まず、ボランティア(原義は志願兵)というのは、誰か他人から依頼されるものではなく、自発的な無償活動のことですので、もともとこの募集公告の仕方が間違っています。<今回の根本的な問題はこの一点だと思います。>

お役所は大手広告代理店などには驚くような金額で発注していることがよくあるのですが、今回は無償でのお願いです。では、この天王寺区の広報デザインを「なぜ無償でやらさなければならないのか?」という肝心のところが説明されていない。大阪市の財政が大変なことは承知していますが、ボランティアに賛同してもらうための説明努力のかけらも見受けられない。だからほとんどの人が共感できないのだと思います。
経済的に余裕があるからボランティアができるんだという見方もありますが、それ以上に社会的意識の高い人でないとできない行為であり、これを募ることの意味を軽々しく考えないでもらいたい。特にプロの力量が必要とされるような仕事を「お願い」する場合はそのモチベーションが非常に大事です。
余談ですが、あの大震災でボランティアをすれば単位をあげる大学が結構ありました。これも教える側自ら勘違いしていることに気がついていないことが問題だと思いますね。

どんな職種でもボランティアで活動している人はおられますので、それがデザイナーでもイラストレーターでもカメラマンでもあっても何も問題はないでしょう。しかし、今回の募集は作品の公募ではなく、プロボノとしてのデザイナーを募っていることや、任期が1年間も無償でご奉仕しなければならないというかなり重い覚悟のいる決断を迫られるものであります。

それに対しては、

アマチュアのデザイナーの方々の中には「優れたセンス」を持ちながらも発表の機会を十分に得るに至ってない方も多くおられます。

プロボノ活動(専門的知識・技術を有する方の社会貢献、ボランティア)が日本においても一部で浸透しつつある状況を踏まえてあえて「アマチュア限定」とせず、間口を広げた公募をさせていただいた次第です。

とあります。このブログや他の方のブログでも、報酬は出さないが作者の氏名を公表することで代替しようとする魂胆はデザイナーという職業に対する偏見以外何者でもないと思う。もし、このまま進められると既成事実として一人歩きしてしまい全国の役所に流布されてしまうことを危惧するのは、プロのデザイナーなら誰でも想像できることです。ましてそういうデザインに対する意識のない環境でデザインをする場合、相当な修正や変更を強いられるでしょう。そこにもコストがかからないのですから。


デザインへの勘違いな要求が残念なデザインをつくる!
さて、このブログでも書いておられますが、デザイン業界の内情は私も同じデザイナーとしてよ〜くわかります。広告の目標達成のための修正指示ではなく、担当者がこう思うからこうしろ、という要求をされることは多々あります。弱い立場であるデザイン会社が(経験上から)反論(アドバイス)しても「クライアント(金を出す)の言うことはやってもらわないと困ります」で終わりです。
デザイナーとクライアントととの直取引もそうですが、特にマス媒体を使う広告制作になると広告代理店が間に入るので、その人が「わかりました」と聞いてくるわけです。代理店の担当者にしてみれば、クライアントはお金を出してくれる大事な大事なお客様ですから逆らうわけにはいきません。だからデザイナーに「頼むから(修正費は出ないけど)修正してくれ」ということになる。(しかもほとんどが大至急。)
仕事は、ボランティアではないわけで、しかもプロとしてこの仕事を請けている以上デザインに責任があります。だからなんでも言う通りにすることはできません。しかし、この方がいうようにこの仕事で生活をしているのですから、担当者と口論までして「出入禁止」になると困るわけです。こういうことは昔からあるのですが、最近は特に質が悪くなった気がします。
この「修正をしたことで目標とする成果がでなかった」(その逆もあり)という検証ができないことがこの問題をややこしくしています。まさか、2種類つくって較べるなんてことはできませんので。


最近は、インターネット社会になり、消費者(生活者)が情報装備して賢くなったといわれています。だから納得しないことには購入しないし、モノやコトに自分の意見を反映したい人が増えた。いいことだと思います。これは企業の発注担当者でも同じです。特にその傾向は専門職や技術職などの「よくわからなかった世界」で顕著です。今までは「コンピュータのことはわからないので最新のいい機種を」で済んでいたのが、今やスペックはお客様の方が詳しかったりするので、業者の担当も知らないで済まされない。インフォームド・コンセントもそうです。失敗したら訴えられます。だから病院ではいまは「患者様」というらしいです。学校も内田樹先生も指摘されておられるように教育の場に市場原理を持ち込もうとする流れがあります。これを授業で学ぶことで将来どれくらいのリターンを担保できるのかを示せないと価値がないのでは、というやつです。デザイナーも広告デザインは芸術ではないので、デザイナーは提案してきたデザインの優位性について説明責任を果たせと。そうでない限りは金を払うクライアントの望み通りつくってくれないと困るということです。
医者も学校の先生もそうですが、最初は一緒に考えるけど最後の仕上げは、人(プロ)を信頼して託すという感覚がかなり薄れてきています。というと、その根拠を示せと言われそうですが、まさにそういうことだと思うんです。その手術で助かる確率はどれくらいか。その執刀医の成功率はどうなのか。その大学の一流企業への就職率は何パーセントか。おまえの話は信用できん、データを出せと。
デザインの場合、毎回新しいものを創作しますので、そのデザインで成功する確率なんて出せませんし、両者にデザインに対する共通意識がない以上、デザインに対しての意見の相違は必ず起こります。ただ、その時に発注側だからといって上からモノをいうのではなく、お互いが同じ目標を持ってやっているのなら、どうすればいいかを検討する余裕を持ってほしい。またデザイナーも感情的にならず、なぜそうしたいのかを確認し、それに対する意見をいえる時はいうようにすることが大事だと思います。お互いにそれぞれがプロ意識を持つこと。そして、どうしてもデザイナーの誠意や感覚がその企業とマッチしないときは、別のクライアントを探すことも大事ですね。「バカの壁」ではないですが、人間誰しも話せばわかりあえるという保証はどこにもないわけですから。


「デザイナーと依頼者の信頼関係を」。なんて夢のような話で決めるのではなく、今後クリエイティブなビジネスをする場合、デザイン業界もインフォームド・コンセントという「合意形成」をしてから取りかかるべき時代かもしれません。デザインのコンセプト・目的・目標・成果物の完成イメージ・予算・掲出条件(枚数・場所・期間)・支払条件・修正回数・修正費用・納期・成果物の著作権・再利用に関わる権利と契約金額などキチンと書面で契約書を交わしてから取りかかれば、修正に対する意識も変わり、ある程度の問題は防げるでしょう。現状はといえば、著作権と契約金額・納期などが書かれた簡単な一枚の契約書だけとか、契約書も交わさずに口約束だけで仕事に取りかかることが多く、これがないために時々裁判沙汰にもなることもあります。
これも自分たちの立場を守るため、請け負うクリエイター側からするべきなのですが、クライアントや広告代理店はこういう面倒なことは嫌います。(相手がフリーのデザイナーだと問題があっても何とでも従わせる思っているところがある。)これは権利関係の問題にもなりますので担当者だけの判断ではできないからです。
こういうことは、国や業界団体がやってくれないと末端のデザイナーには難しいのが現状です。
いろんなデザイン協会などもありますが、ほとんどが著名なクリエイターと、クライアント。そして著名な広告代理店などで構成された組織で活動内容もデザイン業界全体を改善する力もないし協会のホームページなどに掲げられた理念を本気でやり抜く熱意は見られないない。一流クライアントの華やかな広告をつくるクリエイターと、末端の現場で中小企業の広告やチラシをつくっているクリエイターたちとはあまりにも立場が違い過ぎるので、問題意識を共有できないでしょう。
上記のような問題を解決していくには、デザイナーの組織化が必須でしょう。一人では戦えません。所謂労働組合のようなものがいると思う。(いっそ作ろうか?うそだけど。)


長々と書いてしまいましたが、私の長年の経験から言えることは、まずクライアントとクリエイター(デザイナーなど)との信頼関係がないといいデザイン成果物は望めないということです。大切なことは、クライアントのためにするのではなく、そのクライアントの顧客に伝わるようにすること。それがクライアントの売上になり、ブランドイメージになり、企業イメージになり、採用ブランディングにも繋がるからです。

ボランティアの話とは大きく脱線してしまいましたが、今回の天王寺区の一件で、紹介したブログの方のような事実やそれに対する感想を持っているデザイナーも多数いるということを一般の人にも知ってもらえたことは、この業界の認知に一役買ったと思います。テレビやアニメ業界の現場をレポートした番組や本はありますが、デザイン業界というのは見た記憶がありませんね。それほど皆さん興味ないのかしら、と思ってしまいます。